ふたりがやって来たのは、在ドイツ大使公邸。
拓海の所属する大使館のトップにあたる黒澤大使が主催のレセプションパーティーに、夫婦揃って出席するためだ。
沙綾にとって“外交官の妻”としてはじめて人前に出る機会で、参加者を聞けば、ニュースで名前を聞いたことのある政治家の名前が大勢あがり、これは大変だと大慌てで勉強をはじめたのが二週間前。
主賓である日本とドイツの各外務大臣をはじめ、独日友好議員連盟所属の大物議員、さらにはドイツのメガバンクの頭取や大企業のCEOなどの顔とプロフィールを頭に叩き込み、この日を迎えた。
「沙綾が着物を着られたとはな」
まじまじと全身を見つめられ、沙綾は肩を竦めて微笑んだ。
「これもミソノファンだからですけどね」
沙綾がはじめて聖園歌劇団を見たベルリン公演の際、団員たちは色とりどりの袴姿で飛行機から降り立つ姿がニュースになっていた。
幼心に日本らしい和装に心惹かれた沙綾は、帰国後、着付け教室に通い、今ではひとりで着物を着られる。
ドイツでパーティーなどの機会が多いと聞いていた沙綾は、成人式で着用した振袖の袖を切って訪問着になおしたものと、もう一着、格式高い場に呼ばれても恥ずかしくないように、貯金を叩いて三つ紋の色留袖を購入し持ってきていた。
今日は白藍と呼ばれる淡い水色の生地に、袖と裾部分に扇柄の入った色留袖を着ている。



