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ドイツで暮らし始めて二ヶ月。九月はかなり気候が安定し、過ごしやすい日々が続いている。
突拍子もないと思っていた契約結婚生活は、沙綾の思い描いていた以上に楽しく快適だった。
元々言葉に不自由しないのはわかっていたが、職場のストレスから解放されたのはもちろん、拓海との同居生活はとても居心地がいい。
聞いていた通り、毎日忙しくしている拓海は、朝早くに出勤し、帰宅も遅くなることが多い。
それでも沙綾に対する気遣いは忘れず、家事に対する感謝も言葉にしてくれるし、休日には国内観光に付き合ってくれたりもした。
今月末には、少し遠出して、ミュンヘンのオクトーバーフェスに行こうと約束もしている。
たまにからかうような言動にドキドキさせられるものの、それも嫌ではない。
むしろ、本物の新婚夫婦のようだと内心嬉しく感じていた。
しかし、今日ばかりはかなり緊張している。
「ほ、本当に大丈夫でしょうか……」
「挨拶と世間話に対応してくれれば、後は俺の仕事だ。そんなに緊張しなくていい」
拓海の言葉に頷きながらも、沙綾の心臓は早鐘を打っている。



