「沙綾」
名前を呼ばれると、吸い寄せられるようにその瞳から目が離せなくなり、心臓の音が聞こえてしまうのではと思うほど鼓動が暴れている。
「あ、ありました……」
「ハハッ、ほら見ろ」
初めて見た弾けるような笑顔が、沙綾の心の中に焼き付いた。
(そんな無邪気な笑顔するなんて、ずるい……)
きっと沙綾がなぜ嘘をついたのかまでお見通しなのだろう。
「も、もうっ! からかわないでください」
小さくもがいて囚われていた腕から抜け出ると、慌てて背を向ける。
拓海は笑いを噛み殺しながら沙綾の手を取った。
「拗ねるなよ。ほら、行くぞ」
ぎゅっと握られて、また胸が高鳴る。
(だめ、恋はしないって決めた。だからこその契約結婚なんだから……)
それでも沙綾は手を振りほどけず、この日はずっと手を繋いだまま過ごしたのだった。



