「さぁ、今日は一日どこにでも付き合う」
七月となれば日本ではうだるような暑さが続くが、ここドイツでは湿度が低いためか、日陰に入れば涼しく感じる過ごしやすい気候だ。
来週から本格的に仕事が忙しくなる拓海が、「こっちに来る前に観た舞台の“聖地巡礼”とやらがしたいんだろう。一緒に行こう」と昨夜提案してくれた。
驚いた沙綾だったが、これから三年間、契約上とはいえ夫婦として生活していくのだ。
一緒に出かけ、よりお互いを知って親交を深めるのは悪いことではないと、好意的に受け取り頷いた。
拓海は契約結婚を持ちかけてきたが、入籍せずに“事実婚”という形を取るつもりでいたらしい。
恋愛は諦めていたものの、両親のような仲のいい夫婦に憧れがあった沙綾は、彼らのように誕生日を結婚記念日にしたいと、自分の誕生日である十月に入籍しないかと提案した。
拓海は紗綾の戸籍にバツがつくのを気にしていたが、両親の話を聞かせ、期間限定ではあるけれど夫婦としてうまくやっていきたいと思っている心情を明かすと、彼は同意してくれた。
沙綾が聖地巡礼の最初に足を運ぶのに選んだ場所は、和解のチャペル。
かつて東西の境界線があった場所に建てられたチャペルで、壁の犠牲になった人々を弔う礼拝堂だ。
メインの観光場所であるブランデンブルグ門やイーストサイドギャラリーからずっと北に位置する場所で、近くにはベルリンの壁ドキュメントセンターもある。