怜悧な外交官が溺甘パパになって、一生分の愛で包み込まれました


そんな家柄の拓海の妻が、契約で結ばれる自分でいいのだろうかと、何度目かの迷いが沙綾の中に生じたが、それを吹き飛ばすように拓海が言葉を放った。

「俺は、自分の妻となる女性を侮辱されて黙っている男じゃない。利用できるものはコネだろうと何だって使う。この音声を聞けば、どれだけ社内環境が悪いかは自明だ。覚悟しておくんだな」

沙綾は、雅信を鋭く睨みつける横顔を見上げた。

契約上の妻である自分のために、父親の話まで出して守ってくれた拓海に、鼓動がうるさいほどドキドキと高鳴っている。

拓海の行動は恋愛感情から来るものではない。そうわかっているのに、意識してしまう自分が情けない。

社員たちが「やばくないか?」「俺らまでなんか罰があったりすんのかな」と焦っている中、拓海に人事部の場所を尋ねられた。

「あ、このフロアは店舗と実務オフィスなので、人事や経理などの事務オフィスは隣のビルに」
「そうか。ここじゃ話にならない。直接上に掛け合おう。まだ有給は残ってるか?」
「はい、丸々。忙しくて使う暇もなかったので」
「それなら、退職までもう出勤する必要はないな。荷物をすべてまとめて着替えてこい」

沙綾は潤みそうになる瞳にぎゅっと力を入れて頷くと、奥の更衣室で制服から私服に着替え、デスクに戻って黙々と片付け始める。

元々私物を置いていなかったため、必要なのは仕事上の資料の引き継ぎのみ。

それも沙綾の性格上、日付と地域ごとに綺麗にデータ上でフォルダ分けされている。

退職の話をできなかった月曜日からの五日間で、受け持っているすべてのツアーや個人客のプランの引継ぎ書を作成していた。

(私が辞めることで、お客様に迷惑をかけるわけにはいかない)

誰が引き継いでも大丈夫なように詳細に作った資料をすべて纏めて雅信との共有フォルダに保存すると、パソコンの電源を落とした。