「素敵なスーツですねぇ! めっちゃ似合ってますぅ」
普段接客をしない、ひなのなりのセールストークなのだろう。
そんな彼女を歯牙にも掛けず綺麗に聞き流すと、沙綾に向かって微笑んだ。
「迎えに来た。退職の話は出来たか?」
相手を愛おしいと思う感情をまるで隠しもしない表情で話しかけられ、驚いた沙綾はただ棒立ちになって小さくコクコクと首だけを動かした。
「よかった。君の上司に、俺からもひと言あるべきかと思ってね」
「あの、わざわざそんな……」
「急に優秀な社員を退職させて攫っていくんだ。謝って然るべきだろう?」
大学時代から、拓海はどちらかというとポーカーフェイスで、あまり感情を見せる方ではなかった。
そのため冷たそうな印象を抱かれがちだったし、先週のパーティーでも、女性に対してにこやかに対応していたとは言い難い。
それなのに、このとってつけたような甘い態度は一体どういう風の吹き回しなのだろう。
沙綾が彼の真意を図りかね、困ったように眉尻を下げていると、会話の蚊帳の外に出されて納得のいかないひなのが、口を尖らせて抗議する。
「あの! このイケメン、吉川さんの知り合いですか? ひなのが最初に話しかけたのに、ちゃんと聞いてました? 無視とかひどいんですけどぉ」
責めながらも甘ったるい語尾は変わらず、沙綾の中に拒絶感が湧いた。
拓海に対し、そんな風に近付いて話してほしくない。
自分の心の声に気が付き、もうすでに彼の妻気分でいるのかと自嘲する。



