「あ、すみません。本日の営業は終了しておりまして……」
店舗から聞こえてきた声で我に返った。
結局誰も受付終了の札を出さなかったせいで、客が来店したのだろうか。
ついカッとなってみんなの前で退職の話をしてしまったけれど、本来なら会議室などで話すべき内容だ。
沙綾が感情的になった自分に反省していると。
「いえ、すみません。客ではないんです。婚約者の職場にご挨拶をと思いまして、閉店の時間を待たせてもらっていました」
聞こえてきた艶のある低音ボイスに、ハッと息をのむ。
週末から、ずっと彼の声が耳から離れなかったのだ。間違いない、拓海だ。
「吉川沙綾はまだこちらに? 彼女の上司にも、急な退職のお詫びをと。事前の連絡もなしに申し訳ありません」
カツカツと革靴の音が近付いてくる。
低姿勢な言葉とは裏腹に、誰の案内もなく店舗を突っ切り、奥のオフィスまで歩みを進める拓海だが、それを咎める声は上がらなかった。
女性社員などは、彼の抜群の容姿にうっとりと見とれている。
それは、沙綾の目の前で雅信にシナを作っていたひなのも例外ではなく、真っ先に拓海のそばへ飛んでいった。
「いらっしゃいませぇ。今日はどういったご要件で?」
自分がいちばん可愛く見える角度を熟知したひなのが、小首をかしげながら上目遣いに拓海を見る。



