怜悧な外交官が溺甘パパになって、一生分の愛で包み込まれました


しかし、上司である雅信が一方の言い分だけを聞き、必死に仕事をしているこちらを糾弾するのであれば、話は違ってくる。

そもそも、外回り中に浮気をしていた人が『仕事にプライベートを持ち込むのはやめてくれ』だなんて、どの口が言うのか。

沙綾は泣きたい気持ちを押し殺し、雅信に向き直った。

「チーフ、お話があります」
「なんだ」
「突然ではありますが、六月いっぱいで退職させていただきたいんです」
「……なんだって?」

怪訝な顔をしている雅信に、沙綾は出来るだけ毅然とした態度で続けた。

「結婚が決まって、夫についていくことになったんです。急で申し訳ないですが、引き継ぎの打ち合わせのお時間をいただけますか」

自分で発した“結婚”や“夫”というワードにそわそわする。

本当にあの拓海と結婚してドイツに渡るのかと、沙綾自身まだ半信半疑だった。

それでも退職するならばひと月以上前に申告しなくては職場に迷惑がかかる。

そう思っているところに、人を小馬鹿にするような笑い声が聞こえる。

「きゃははは! やだぁ吉川さん! いくらなんでも寿退社なんて、嘘が大きすぎません? 妄想の中の彼氏ですかぁ?」

本当に可笑しそうにケラケラ笑うひなのに釣られたのか、雅信も半笑いで沙綾を見やった。