部屋に入ってからは眠気に勝てず、シャワーも浴びずにドレスだけ脱いでベッドに潜り込み、そのままぐっすり夢の中にダイブしたのだ。

すべて夢だったのかもしれないという一縷の望みは、振り返って彼がいたことで絶たれてしまった。

「契約結婚って……」

こうして冷静になってみると、やはりあり得ないと思う。

亡くなった両親は、大恋愛の末結婚した仲のいい夫婦だった。

母の誕生日が結婚記念日で、毎年その日は沙綾そっちのけでふたりでお祝いをしていた。

そんな両親は、沙綾にとって理想の夫婦だ。

娘が契約結婚をすると聞いたら、彼らは一体どう思うのだろう。

やはり断るべきではないかという思いが首をもたげてくるが、酷い頭痛が思考を遮る。

肘をついた手で頭を支え、沙綾の様子を見ていた拓海は、吹き出すように笑った。

「酔いつぶれて男と一緒のベッドで目覚めたのに、心配するのは契約結婚の方か。俺の妻は、案外肝が座っているらしい」
「え?」
「いや、まあいい。言っておくが、結婚のキャンセルは聞かない」

沙綾がなにか言いたそうにしているのを先回りして制した拓海は、軽々と上半身を起こしてベッドからおりると、サイドテーブルに置かれていた薬の箱を差し出した。