与えられた高級高層マンションを出て、都心から離れたアパートに引っ越したというのに、どうしてここがわかったのだろう。

いや、それよりも……。

沙綾は小さな手と繋いでいる右手にぎゅっと力を入れる。

(この子だけは、奪われるわけにいかない……!)

まさか再会するなんて思っていなかった。

こちらから連絡する気もなかったし、帰国してマンションに自分がいないと確認したところで、彼にとってはどうだっていいはずだ。

それなのに、ここで沙綾の帰りを待っていたのは、住んでいる場所を調べて知っていたということ。

湊人の存在を把握済みだったのも恐ろしい。

(でも、自分が父親だとは思っていなさそうだった。悲しいけど、それだけは救いかもしれない)

沙綾は彼が去り際に言った言葉を思い出す。

「その子が誰の血を引いていようと、あと三ヶ月、君は俺の妻だ」

いったい彼はなにを考えているのか。

確かに三年前、ある契約をした。その期間は今年の七月まで。彼の言う通り、まだあと三ヶ月ある。

だけど、とてもその契約を遵守する気になんてなれない。そもそも、突然契約を反故にしたのは彼ではなかったか。