「なんて、妻に逃げられた私に言われても説得力がないだろうがね」
「えっ……」
笑いながら急に自虐的ジョークを投げられ、どう返答していいかわからず言葉に詰まる。
すると、すかさず拓海が助け舟を出してくれた。
「親父、沙綾を困らせるような冗談はやめてくれ。その話題は大地も拗ねる」
「拗ねてない。不快なだけだ」
「なんだ、大地はまだ陽子を許せないのか」
義彦は可笑しそうに大地を見やる。きっと陽子とは拓海と大地の母親だろう。沙綾は口を挟まずに見守った。
「親父はあの人を恨んでないのか」
実の母親を“あの人”と呼ぶ大地の心の傷はいまだ癒えていないようだ。どんな理由があろうと子供達を、まして生まれて間もない赤ちゃんを置いて出ていくのは無責任だと沙綾も思う。
「拓海や大地という宝を残してくれた。私はそれで十分だ」
義彦の言葉に目を見張る。なんと大きくて寛容な人だろう。
裏切りを責めず、失ったものを数えず、今ある幸せに目を向けられる義彦に育てられたからこそ、拓海も器が大きく深い愛情をもつ男性に育ったのだと心が温かくなる。
ちらりと大地を見ると、照れくさそうに苦笑しながら紅茶のカップを口に運んでいる。その様子を見ている拓海もまた嬉しそうで、家族の絆が沙綾にも伝わった。



