「ずっとひとりで、大変だったよな」
「正直、生むのを悩まなかったわけじゃありません。でもあの子は、私が拓海さんとドイツで幸せだったという証だから」
そう話す沙綾の声は震えていて、愛おしさに胸が苦しくなる。
「ありがとう。湊人を生んでくれて」
「拓海さん……」
「たった三ヶ月だが、ふたりと生活していれば、沙綾がたくさんの愛情を注いで育ててくれたのかがわかる。そうじゃなければ、あんなに素直でいい子に育つはずがない。今後は、俺も一緒に湊人を愛して育てていきたい」
抗うことなく身を委ねてくれている沙綾の耳元に唇を寄せた。
「結婚しよう。俺を君の夫に、湊人の父親にしてくれないか」
「私でいいんですか? あの、縁談は」
「俺は三年前に沙綾と結婚すると父に伝えてある。弟が余計なことを言っているかもしれないが、別れたとは話してないし、俺の妻は君ひとりしかいない」
沙綾の心の壁を壊すためなら、自分の心を曝け出し、惜しみない愛情を注ぎ続けてみせる。
拓海は腕の中に閉じ込めた沙綾の顎をすくい上げると、涙の膜に覆われた瞳を見つめた。
「返事をくれないか、沙綾」
平静を装ってはいるが、内心は心臓が高速で脈打つほど緊張していた。
湊人が拓海の子であると認めはしたものの、沙綾の気持ちを確かめられてはいない。
「……そうやって見つめるの、ずるいです」
なぜか悔しげに上目遣いで睨まれ、拓海は首を傾げた。



