「これ……!」
書類に目を走らせた沙綾は驚いて拓海を見上げ、なにかを堪えるようにぎゅっと唇を噛みしめている。
「沙綾、もう一度聞く。湊人くんの父親は、俺だよな?」
「わ、私……」
「頼む。頷いてくれるだけでいい」
懇願するように彼女の両肩に手をおいたまま頭を下げた。
長い沈黙が流れた後、か細い声で沙綾が「……黙っていて、ごめんなさい」と呟く。
「ずっと、あなたにとって私はもう妻として必要ないんだって思ってたから……言えなかった。湊人は……拓海さんの子です」
ようやく肯定の言葉を聞けて、拓海は沙綾の肩を引き寄せ、そのまま腕の中に抱きすくめた。
「謝るのは俺の方だ。大変な時にひとりにしてすまない。それに、君を信じきれなくて悪かった」
「私も、拓海さんを信じきれてなかったんです。もう一度恋ができたと浮かれて、急な帰国に外交官としての事情があるかもしれないなんて考えもしなかった。それに、再会した時は湊人があなたの子だとバレたら奪われてしまうかもと警戒もしてた」
「そうか。だから他の男との子供だというのを否定しなかったのか」
子供を奪われるだなんて突拍子もない発想だと思ったが、拓海が関わる外交や政治の世界にも、自分の仕事を子供へ引き継ぎたいと考える人間は一定数いる。父も官僚として働いているのを知っている沙綾にしてみれば、城之内家の跡取りとして親権を主張されたらと懸念する気持ちは理解できた。
申し訳無さそうにこくんと頷く彼女を安心させるように、肩から背中をゆっくりと撫でる。こんなに華奢な身体で子供を生み、ずっとひとりで育ててきてくれたのか。



