拓海は頭を抱えて大きく息を吐いた。
大地が見たのは“浮気現場”でもなんでもない。親友との何気ない日常で、弟の盛大な勘違いだったのだ。
確かに整った顔立ちで細身の長身、髪も短くスタイリングされてはいるが、間近で見ればさすがに気付く。化粧もしているし、同じ男とは思えない程、掴んだ肩は細かった。
「君の親友にはとんでもない非礼をした。あとで謝罪しなくては」
「あの、夕妃を男性だと思ってました?」
「……すまない」
慚愧に堪えず頭を下げると、沙綾は「あっ」となにかに気付いたように小さな声を上げた。
「大地さんが見た“若くてひょろっとした男”って、もしかして夕妃……?」
「なぜ沙綾が大地を知っている?」
突然出てきた名前に驚くと、沙綾は躊躇うように視線を彷徨わせ、言葉を選びながら数時間前の出来事を話してくれた。
「あいつがそんなことを……」
まさか自分がいない間にマンションを訪れ、沙綾相手に勝手な話をしているだなんて思いもしなかった。
「あの、大地さんを怒らないでくださいね。大事なお兄さんに今度こそちゃんとした人と結婚してもらいたいっていうのは、家族なら当然の感情です」
「それで沙綾はしてもいない浮気疑惑を受け入れて、また俺の前から消えようとしたのか」
「それは……」
「教えてくれ。弟が見たというのがさっきの彼女なら、湊人くんの父親は一体……」
そこまで言いかけて、はたと気付く。



