「とにかく、私には城之内さんの妻は務まりません。結婚相手はきちんと真剣に考えた上で決めた方がいいと思います」
「他人行儀だな。拓海でいい」
「そ、そんなこと言われても……。他人ですから」
「今はな」
獲物を狙うかのような眼差しに射すくめられ、固まる身体とは裏腹に、心臓が大きな音を立てて跳ねた。
「仕事が忙しくて恋人をつくる暇などないし、そもそも俺は恋愛に興味がない。これは契約結婚の提案だ」
「契約、結婚……?」
「俺とドイツに渡り、レセプションに招かれた時は妻の振る舞いをしてほしい。それ以外の時間はなにをしていても自由だし、対価と言ってはなんだが、君の生活の一切は俺が保証する」
ポンポンと繰り出される提案に、沙綾は完全に置いてきぼりを食らっている。
言っている内容は理解できるが、話が突飛すぎてなかなか思考が追いつかない。
個人でなく外交官として結婚相手を求めていることも、契約結婚というドラマでしか聞いたことのない単語も、まるで自分の中の常識とかけ離れていて、どう返したらいいのかわからず、沙綾は目の前のアルコールに逃げた。
いつもよりもピッチが早いと自覚しつつも一杯目を拓海と同じタイミングで飲み干したところで、料理が次々とサーブされる。
二杯目も拓海は同じウイスキーを、沙綾は料理に合わせて赤ワインを使ったカクテル、ワインクーラーを頼んだ。
「食事をしながらにしよう。次は君の話を聞かせてほしい」
「私の?」
食事をしながらという言葉に甘えて、気になっていた厚切りの生ハムを、添えてあるわさびでいただいた。
豚肉の芳醇な香りと、厚切りならではのジューシーさが、刻みわさびのザクザクとした食感とツンとした辛味によく合う。
ブルスケッタもガーリックが程よく効いていて、アルコールがどんどん進む。



