「今日で契約の期限は終わりですよね。今度こそ、信頼できて愛し合える素敵な人と、本当の結婚をしてください」
『……沙綾、なにを言っているんだ』
「元外務大臣のお孫さんとの縁談があるそうです。私なんかより、きっと素敵な奥さんになってくれます」
『縁談? 一体なんの話』
「今までお世話になりました」
『待て沙綾! まだ話は―――』
電話の向こうで慌てて声を荒げる拓海を遮断するように、沙綾は通話を切ると、そのままスマホの電源を落とした。
これでもう本当におしまい。契約期限は切れたのだから、妻としての役割も必要ない。
今度こそ拓海との繋がりを断ち切って、湊人をひとりで立派に育て上げる。贅沢はさせてあげられないけれど、幸せにしてみせる。
父親がいないことを寂しいと思わないくらい、たくさんの愛情を注いで育てていく。
だからもう恋は必要ない。拓海の愛を求めたりしない。彼には家族に祝福される相手と幸せな結婚をしてもらいたい。
本心からそう思っているはずなのに、どうしても涙がとまらなかった。
苦しくて呼吸がしづらい。喉元を鷲掴みされたような息苦しさに襲われ、沙綾はスマホを抱いたままその場にしゃがみ込んだ。
すると、湊人がそばにやってきて沙綾の肩をとんとんと叩く。
「まーま、ねんね?」
「湊人……」
「いいこね、まーま。みなと、とんとんしゅるよ」



