「しらばっくれないでいいですよ。まだ兄がドイツにいた頃、あなたに連絡がつかなくて心配だからマンションに様子を見に行ってほしいと頼まれたんです。その時、俺はあなたが兄よりも若くてひょろっとした男と浮気してるのを実際に見てるんで」
「え……?」
はじめて聞く話に、沙綾の心臓は大きく脈打つ。
(拓海さんが、私の心配を? 確かに一度コンシェルジュから連絡がほしいと伝言を貰ったけど、それっきり音沙汰はなかったはず。それに、実際に見たと言われても……)
浮気などしていないし、意味がわからない。
湊人の存在ゆえに“他の男性と関係を持った”と思われるのは理解できるが、浮気するような間柄の男性はもとより、友人として会うような男友達も思い当たらないし、道端で見知らぬ男性に声を掛けられた記憶もない。
大地はやけに具体的に男性の人物像を語っているので、きっと他人のカップルを見て女性の方を沙綾と勘違いでもしたのだろう。
沙綾は大地の思い違いに気付きながらも、訂正する気にはなれなかった。
「話はそれだけです。兄にはまた改めて連絡するので、これで失礼します」
なにも言い返さない沙綾に対し、大地は険しい表情を崩さないまま一礼して帰っていった。
その後ろ姿を見送ることなく玄関の扉が閉まると、沙綾はバクバクと嫌な音を立てている胸をぎゅっと押さえた。
(私、間違ってた? 好きだと言ってしまったせいで契約妻をお役御免になったと思っていたけど、そうじゃなかったの?)
なにも説明されずにカードとマンションだけを与えて帰国させられたのは、恋愛感情を持つ妻はいらないからだと思っていた。



