拓海の弟である大地にどう話したらいいのか考えがまとまらないまま、程なく玄関のインターホンが鳴らされた。
「はい」
ドアを開けると、拓海と同じくらい長身で細身の男性が立っていた。
聞いていた年齢だと沙綾の五つ年下なので二十三歳。兄と同じく整った容貌で、大学の頃の“拓海先輩”を彷彿とさせる。特に黒目がちな力強い瞳がよく似ていると思った。
アッシュブラウンの短髪、オーバーサイズのサックスブルーのTシャツに黒のスキニーパンツを合わせたカジュアルな服装をした彼は、苛立ちや敵対心を隠すことなく沙綾を睨みつけている。
向けられた好意的ではない視線に怯みながら、沙綾はドアを片手で支えたまま小さく頭を下げた。
「あの、はじめまして。吉川沙綾といいます。拓海さんは今日も仕事で」
「あなたですよね、兄と結婚の約束してたのに浮気したのって」
拓海によく似た声音で突きつけられた言葉に、沙綾は息を呑んだ。
「なんで図々しくここにいるのか知らないですが、兄には次こそちゃんと仕事に理解のある人と結婚してほしいんです」
「仕事に、理解……?」
「あなたは知らないでしょうけど、兄には元外務大臣の孫で大手企業のお嬢様と縁談が持ち上がってるんです。すごくいい話だし、父だって俺だって、ちょっと離れてただけで他の男のところにいくような女性に兄の妻になってほしくない」
ナイフのように鋭い眼差しよりも、放たれた言葉が胸に刺さる。
(拓海さんに、縁談……?)
沙綾はドイツにいた頃の拓海の言葉を思い出した。



