怜悧な外交官が溺甘パパになって、一生分の愛で包み込まれました


そのまま連れられてきたのは、同じホテル内の二階にあるオーセンティックバー。

できる限り照明を落とし、静かにジャズが流れている店内は、高層階の夜景を楽しめる華やかな雰囲気のレストランとは違い、都内の隠れ家的な風情を漂わせている。

拓海に促され奥のカウンターに並んで座り、カクテルをオーダーするまで、互いにひと言も話さなかった。

程なくして頼んだウイスキーとピーチフィズがサーブされ、軽くグラスを掲げて会釈してから口をつける。

「食事も頼むか。嫌いなものは?」
「あ、固形のチーズだけ……」
「わかった」

頷いた拓海は、厚切り生ハムやサーモンとアボカドのブルスケッタ、ボロネーゼなどを注文し終えると、早速とばかりに本題を切り出した。

「先程も言ったが、俺と結婚しないか」

やはり聞き間違いではなかったらしい。

「あの、ここまで着いてきてなんですが、まったく意味がわからないっていうか……」

沙綾と拓海は同じ大学出身で、一年だけサークルに入っている時期が被っていたというだけで、ほとんど面識もなく、今日の婚活パーティーでの三分間が、過去で一番長く話した時間だ。

あの場に留まるのが憚られたため、腕を引かれるまま着いてきてしまったが、そんな初対面と変わらないような間柄の彼から結婚を申し込まれる理由がわからない。