(この事件が解決するまで、沙綾を一時帰国させよう。俺の妻だと知られれば、次の標的は彼女になるかもしれない)
そこまで考え、拓海はあることを思い出した。
黒澤大使の公邸で、彼からミヒャエル・マイヤー氏を紹介された時、沙綾がある男に声を掛けられていたらしい。
馴れ馴れしく身体に触れてくる男で、モニカ夫人の機転で事なきを得たと聞いているが、確かそこにいた婦人達は彼をBEL電力の社長の長男だと言っていた。
(彼が嫌がらせに関わっていると断定は出来ない。だが、もしそうだとすれば、沙綾は確実に顔を知られている。一刻の猶予もない)
拓海は本省に勤める同期であり親友の雨宮仁(あまみや じん)に連絡を取り、沙綾を帰国させる段取りを頼んだ。
万が一を考え、セキュリティが万全なマンションを探してもらい、入居の準備を進めながら航空便を手配した。
箝口令が敷かれているため、いかに家族といえども事情を話せない。
ただ沙綾のためとはいえ、無期限でひとり帰国を強いるには抵抗があった。
言い出すきっかけを掴めず、拓海らしくなく焦っていたのは否めない。
帰宅後、気付けば不安や焦燥を吐き出すように、饒舌に話していた。
「沙綾が結婚に頷いてくれてよかった。身勝手な申し入れをしたとわかってはいるが、君じゃなければ、きっとこんな風には思わなかった」
すると、沙綾は拓海に寄り添いながら微笑んでくれた。



