怜悧な外交官が溺甘パパになって、一生分の愛で包み込まれました


ふと会場の奥に目をやると、女性の参加者が一箇所に集まっている。人気がひとりに集中しているのだろう。

輪の中心にいるのは、どうやら拓海のようだ。他の参加者は、降参とでもいうように男性同士で苦笑しあっている。

(うわぁ、夕妃以外にもいたよ! 会場中の女性を掻っ攫っていっちゃう人が!)

心の中で親友に向かって叫んでいると、周囲を取り囲んでいる女性に断りを入れた拓海が、なぜかこちらに向かって歩いてくる。

(え? なんでこっちに来るの……?)

拓海が動けば、周囲の人間の視線も動く。

自分までその視界に入るのが嫌で、沙綾は逃げ腰になってしまう。

変に目立ちたくなくて、出来ればこっちに来ないでほしいと失礼なことを考えていた。

「吉川沙綾さん」
「は、はい」

沙綾の目の前で立ち止まった拓海にフルネームで名前を呼ばれ、身体を固くして何事かと次の言葉を待った。

一体何を言われるのか。裁判で判決を言い渡されるのを待つ被告人はこんな気持ちなのかとビクビクしていると。

「俺と結婚しないか」

唐突に放たれた言葉に、一瞬意味がわからず、彼を見上げたままポカンと口を開けていた。

その時間わずか数秒。

すぐに彼の発言を聞いていた周囲の女性達のけたたましい黄色い叫び声で我に返り、たった今言われたセリフを反芻する。

(結婚? 今『俺と結婚しないか』って言った? 誰が? 誰と?)

頭の中はパニック状態で、すぐに反応を返せない。

頭上にはてなマークをいくつも飛ばし、ただ拓海の言葉を脳内で繰り返し再生しては、はてなの数を増やすだけ。

そんな様子を可笑しそうに見ていた拓海は、「場所を変えよう」とギャラリーの多い会場から沙綾を連れ出した。