しかし、沙綾ならば信じられる気がする。
その直感が確信に変わったのは、聖園歌劇団の大ファンだという彼女に付き合い、ベルリンの壁を見に行ったときだ。
芝居の舞台となった観光地で写真を撮りたいだけかと思いきや、彼女の発言に心を射抜かれた。
『聖地巡礼なんて言ってますけど、実際にあった歴史の中の悲劇ですから。まずはちゃんと学んで、追悼してから観光を楽しもうかなって』
その土地の歴史を知り、魅力に触れようとする姿勢が好ましく、拓海の外交官としての矜持を擽るような発言で、沙綾の素直で純真な人柄に惹かれた。
その後もレセプションに向けて出席者の情報をあらかじめ調べて臨もうとする真面目で健気なところや、日本人外交官の妻として着物を着て出席する機転、さらにその場での振る舞いや気遣いなど、すべてが拓海の琴線に触れてくる。
『恋愛に興味はない』などと言いながら沙綾への愛しさが抑えきれず、“夜の夫婦生活もなし”という当初の契約を破り彼女を抱いた。
もちろん嫌がられればすぐに引くつもりではあったが、沙綾は受け入れてくれた。
その後はなし崩し的に寝室を同じにして、彼女との甘い新婚生活を堪能した。
自分がこんなにもひとりの女性を愛することが出来るのかと、はじめての感情に振り回されながらも、それが心地よく感じる。
契約結婚を持ちかけた頃からは考えられないほど、沙綾との未来しか見えない。



