助手席でぐっすりと眠る沙綾の寝顔を見ながら、拓海は彼女と結婚するに至った三年前の出来事を思い出していた。

外務省へ入省すると、一ヶ月間本省での前期研修を終えた後、在外研修と呼ばれる習得したい言語を母国語とする大学へ留学する。

拓海は三年間ドイツに渡り、研修語の習得をしながら実務を学んだ。帰国後は配属された経済局で国際貿易や国際経済に関わる外交政策の立案に携わり、外交官としてのいろはを叩き込まれた。

上司は皆体育会系で、よくも悪くも昔ながらの風習が残っている。

結婚し家庭を持ってこそ一人前といった風潮も廃れておらず、当時の上司から見合いを進められては面倒で断っていたが、いよいよドイツ大使館へ政務経済班の中枢を担う配属が命じられると、タイムリミットと言わんばかりに勝手に婚活パーティーへエントリーされていた。

嘆息しながらも、一対一の見合いよりはマシだろうと渋々行った会場で出会ったのが沙綾だ。

出身大学が同じだったとはいえ、ほとんど話した覚えもなく、サークル内に綺麗な英語を話す新入生がいるなという印象のみ。大学を卒業して以降、会ったこともない。

それでも自分の直感で『結婚するならこの子がいい』と思い、その場で結婚を申し込んだ。

こちらの手の内を見せて信頼を誘い、“契約結婚”というワードを使って互いのメリットを示し、雑談も交えながら彼女の情報を手に入れる。交渉術の常套手段だ。

パーティー会場からバーに場所を移して話をする中で、趣味について熱く語る沙綾を可愛らしいと感じたし、職場で理不尽な目に合っていると知ると、アルコールも手伝って潤んだ瞳で話す彼女に庇護欲が湧いた。