それなのに、契約期限を理由にもう一度沙綾を妻に望んだ理由はなんなのだろう。

二ヶ月の間にレセプションへの同伴を頼まれることもなく、家事も負担にならない程度でいいという。

『この三ヶ月で君たちふたりが俺を信頼できたなら、今度こそ本当に結婚してほしい』

愛しているとも、愛してほしいとも言われなかった。

やはり、彼にとって結婚相手に求めているものは“信頼”なのだ。

外交官という職業には、しっかりと家を守り夫を支える妻の存在が必要だと考え、都合のいい沙綾を思い出したといったところだろうか。

あの頃、恋を諦めていた三年前はそれでもよかった。

辛い境遇から連れ出して貰う代わりに妻として振る舞う契約に、戸惑いはあれど拒否感はなかった。

だけど、今は違う。

愛されていない、形だけの結婚はしたくない。

ドイツで過ごしたほんのわずかな時間の中で拓海に惹かれ、契約とは関係なく婚姻届を提出し、夫婦になれるのを待ち望んでいた。

それは拓海も同じ気持ちだと勘違いし、帰国する飛行機の中で涙が枯れ果てるほど泣いた。

二度と同じ過ちは繰り返したくないし、今はなによりも守るべき湊人がいる。

拓海に内緒で産んでしまった以上、今後も認知を求める気はないし、彼の子供だと打ち明けるつもりもない。

契約期間中はかりそめの妻として役目を果たすが、約束の七月十日がきたら、きっぱり拓海から離れなくては。

そう決意しているものの、拓海に懐いている湊人を見るたびに胸が痛む。

沙綾はぐらぐらと揺れる気持ちを持て余し、拓海が出ていった玄関でぼんやりと佇んでいた。