「ごちそうさま。ありがたいけど、無理しなくていいからな」
「無理はしていません。私と湊人も、この時間に朝ごはんなので」

本当は湊人とふたり暮らしだった頃は七時半まで寝ていたため、朝食は八時近くになることが多かった。

しかし拓海は毎朝八時前には出勤するので、ここで生活を始めてからは、一時間ほど早く起きる習慣がついた。

「たくみー、いったっしゃい」

湊人がとてとてと玄関まで走り、拓海の足元に抱きつく。

「いってきます。今日もちゃんとママの言うことを聞いて、いい子にしてるんだぞ」
「あい!」

拓海が元気いっぱい敬礼した湊人を抱き上げると、「たかーい!」と嬉しそうに足をばたつかせた。

突然の引っ越しや拓海との同居など、環境の変化に戸惑ってしまわないかと心配だった湊人は、彼が用意したキッズスペースが功を奏し、驚くほど新生活に馴染んでいる。

何度窘めても“たくみ”と呼び捨てにする湊人は、新しい友達が出来た気分なのか、拓海にとてもよく懐いた。

拓海が出勤する時には玄関まで見送り、いってらっしゃいのハグまでするようになり、沙綾としては少し複雑な気分だ。

彼も最初は湊人との距離感に戸惑っていたようだが、年の離れた弟がいるせいか子供の扱いに慣れているようで、会話に簡単な単語を選んだり、話すときは目線を合わせるようにしゃがんでくれたりと気遣ってくれる。

自分の子供ではないと思っているはずなのに、なぜこんなにも優しく接してくれるのか。わからないまま時間だけが過ぎていく。