「その子が、新しい男との子供か」

久しぶりに聞いた第一声は、不機嫌そうな低く掠れた声だった。

どうして、彼がここにいたのか。

近所のスーパーから帰ってきた吉川沙綾は、ドイツ製の高級車が去っていった方向をじっと見つめたまま、呆然と立ち尽くしていた。

左手には今日の夕食であるハンバーグやサラダの食材が入ったエコバッグ。右手は一歳九ヶ月になる息子、湊人としっかり繋がれている。

血の気が引き、全身にじんわり汗が滲んだ。

記憶違いでなければ、彼はまだドイツにいるはずの時期だ。帰国が早まったのだろうか。

三年前と変わらず、人の心の中まで見透かしそうな瞳だった。

百八十五センチの長身に纏うスーツはオーダーメイド。仕事柄カッチリとセットすることの多い黒髪はラフに下りていて、少し長めの前髪が風に揺れていた。

綺麗な輪郭の中におさまっている幅の広い二重にスッと通った鼻筋、薄い唇。

整った容姿はバランスのとれたスタイルと相まって冷たそうな印象を受けるが、自分だけに向けられる、目を細めて優しく微笑む顔が大好きだった。

だけどその顔も、もう二度と見られない。