それがわかってからはなるべく彼に自分を合わせることにしてきた。
でも、もうそれはやめないといけないのだ。
「ごめんなさい」
もう一度、少しボリュームをあげて声を発する。

「もう男がいるのか?そうなのか。ふざけんなよ。オレの5年を返せよ、葵っ」
大声で詰め寄られて、思わず後ずさる。

「さよなら」

それだけを言って、人混みに紛れるように駆け出した。
もう、瀬良くんの表情は確認しなかった。
背中の方で「あおいっ」と叫ぶ声が聞こえたが、スピードをゆるめず走った。
途中電車に飛び乗り、一駅分距離を取ってから一息つくことができた。
「返してほしいのはこっちだよ、ばーか」
小声でそう言ってみると、少しだけスッキリした。
その足で携帯ショップに行き、番号を変更してから帰宅する。
見慣れたお気に入りに囲まれた部屋に着いたら、ほっとしてぽろりと涙がこぼれた。
「こわかったぁ……」
胸に小さなシャチのぬいぐるみを抱きしめながら、そうつぶやいた。