言葉の出ない私を、健吾さんはニコニコとして待っていてくれた。
(クマさんみたいな人だな)
その時、ばたばたと奥から風太が出てきた。
「おっ待たせー。葵さん、さぁ帰ろう~」
言葉もなく、腰をあげない私に健吾さんの声がゆっくり降る。
「辛いときは、いつでもまたおいで。もちろん、楽しいときも来てほしいけどね」
「そうそう!土曜日ね。土曜日!俺がいるから!!」
ニカッと笑いながら風太は続けて言った。
「葵さんは、彼氏さんと別れて何もなくなっちゃったって言ってたけどさ。ここのオムライスめっちゃうまかっただろ?健吾さんは良い奴だろ?オレはカッコいーだろ?ってそれは余計か。そういうのを一つ一つ拾って“自分”っていうものを見つけてけばいんじゃないかな?」
吐き出した私の言葉について考えていてくれたらしい。
じんわりと心が暖かくなる。
「いいこと言うな」
と、健吾さんが、「うん、オレのいれたコーヒーはうまい」とつぶやく。
「そうだろ。そうそう。うん、葵さんのことも教えてね。おいおいね。また絶対きてよ!」
風太は相槌を打ちながら、ポケットからお茶菓子を出してつまんでいる。
二人の話を聞きながら、ふと思い出す。
“お前はオレの言うことを聞いていれば?”
“お前が好きなものはオレが好きなもの、それでいいんだよ”
何度も繰り返された、瀬良くんの言葉が頭を回る。
ニコニコしている二人を見つめ直すと、二人は「ん?」という顔をした。
こんな優しい世界があるんだ・・・・・・。
この日、大学近くの下宿先へ帰るという風太に駅まで送ってもらい、再会を約束し、連絡先を交換した。