◇
「様……お嬢様」
「ん……」
だんだんと視界がクリアになって、ぼんやりしていた意識が浮上していく。
わたしの顔を覗き込んでいるのは、もちろん決まっている。
「九重……」
名を紡げば、安堵が混じった吐息が落ちてくる。
「ここは……?」
「リムジンの中です。お嬢様、無事で本当によかった……」
泣き出しそうなその顔がなんだかおかしくて笑いを洩らすと、不満げに唇を尖らせた九重は、ふいと視線を逸らした。
「ごめんね、九重。わたしが死んじゃったら、九重クビだもんね」
執事職を辞めさせられるどころか、たぶんすっごく重い罰を課せられるところだったんだもん。
そりゃ、泣きそうな顔にもなるよ。
ものすごく悪いことをしたと思ってる。
でも、あのまま放っておくなんてできなかったんだもん。
「猫ちゃんは……無事?」
おそるおそる九重を見上げると、「無事です」となんともそっけない返事が返ってきた。
「ねえ、なんでそんなにそっけないの……?悪かったって思ってるよ。クビの危険に晒しちゃって、ごめんね、九重」
「違います」
聞いたことがないくらい低い声に、思わずびくりと肩が震える。
「もしかして九重……怒ってる?」
「当たり前です」
ぴしゃりと間髪入れずに告げられる。
サファイアの如く輝く瞳が、まっすぐにわたしをとらえた。