三春さんを見送り、しばらく自室で過ごしていると。
コンコンコン、と3回のノックのあと、聞こえてきた低い声。
「お嬢様。お食事の用意ができました」
「は、はいっ」
ひっくり返った声に、扉の向こうでクスリと笑う声がした。
落ち着いて。落ち着くのよ、わたし。
いつも通り、冷静に。
何度も何度も念じて、意を決して扉を開く。
扉を開けると、現れたのは九重の顔。
「……ひっ」
「なんですか、ひっ、って。まるでお化けでもみたような顔ですよ」
「な、なんでもない」
分かっていたはずなのに、やはり本人を前にすると心臓の鼓動が速さを増していく。
「今宵は月が綺麗ですね」
窓から空を見上げてぽつりとつぶやく九重。
「今日の夜も素敵ですね、お嬢様」
「……そっ、そうだね」
「何をそんなに焦っておられるのですか」
そんな言葉を吐きつつ、にやりと意地悪い笑みを浮かべる九重。
「別に、なんでもない」
「そうですか。……お嬢様。夜になるとより涼しいですね。夜になると」
「なっ……」
わたしが"夜"という言葉に過剰に反応しているのを見抜いているのだろう。
悪戯っぽく口角を上げて何度もわたしをからかってくる。