「はぁ……」
ドアにかけた自分の手が弱く震えていることに、呆れた。
ドアの内側にかかっているカーテンの隙間から部屋の中を見ると、書類や本やらが積まれて本来の役目を果たしているのかわからないような先生たちのデスク、絆創膏やガーゼがしまわれた6段の引き出し、ただ単に白くて目が痛いだけの壁やカーテンがいつも通りあるだけで、人の気配はなかった。
小さい素振りで胸をそっとなでおろす。
ふぅ、と息を一つ付き、少し錆びたスライドドアを開け、中を覗いながら部屋に入りドアを閉める。
「おはよう、ございます」
いつものようにしょうもないかすれた声が出た。
もちろん、時計の針の音が静かな部屋の中でだた響いてるだけで返事はなかった。
職員室にでも行っているのだろうか、いつもいるはずの養護教諭の浅野先生はまだ来ていないようだ。
誰もいないほうが変に気を使うこともないから、正直安心した。
なんとなく部屋の奥にある鏡の前に立つ。ちょうど全身が見える大きな鏡は日の当たらない隅のところにひっそりとあった。
周りの目を気にして教室の隅の席で縮こまっていた私と似ているな、と何ヶ月か前のことをふと思い出す。
肩上まで伸びて消極的にはねている焦げ茶の髪の毛、少し目にかかった前髪、細い一重の目。
鏡の中の自分と目が合う。自分で言うのもあれだけれど、前髪のせいで光がほぼ入っていない死んだような目だ。本当に生気のない人みたいだな、そう思って一人でぼそっと苦笑する。
自分観察はここらへんにして、後ろを振り返って生徒用の小部屋に入る。
私の通っている学校の保健室にはドアを挟んでベットと机がおいてある、いわゆる小部屋と呼ばれている部屋がある。廊下側と窓側の左右にベッドがおいてあり、真ん中に生徒四人が座れるくらいの大きさの机がある。カーテンをいつもしっかり締めているため、窓自体を見ることはあまりない。
浅野先生は勝手に入ってくることがよくあるが、他生徒が来ることはまず無いから居心地は悪くはなかった。
私がいつも使っている窓際のベットに向かい、横の小さな棚にリュックとサブバッグを置く。
チャイムが鳴るまでは特にやることもなく暇だったから仕方なくベッドの上に腰を下ろした。
木製のベット枠がミシッと音を立てる。
相変わらず学校のものは古いな。
ベッドは安っぽくて初めは座るのすら嫌だったけれど、思ったより座り心地も寝心地も良く、今は何気によく使わせてもらっている。
ふいに、ガラガラという音を立てて保健室のドアが開いた。
心臓が小さくなり始める。ドキドキしながら気配を伺っていると小部屋のドアが開き、ひょこっと浅野先生が顔をのぞかせた。
「あら、結声《ゆいな》さんおはよう!」
「おはよう、ございます」
浅野先生のおおらかなあいさつに、ふっ、と緊張が解れる。
「なんか今日から転校生が来るみたいでねぇ。夏休み前のこの時期他の先生達、範囲を終わらせることを最優先でやってて手が空かないからって養護教諭の私が出迎えることになっちゃって、その準備をしてたのよ」
向かいのベッドに座って、聞いてもいないのに遅れた理由を説明してくれた。
保健室への登校を始めたときも、こんな感じだったなと記憶をたどる。
その日も今日のように明るくさっぱりとした挨拶をして、まず先生の出来事について話してくれた。
よくイメージする、優しくおっとりとしていてしみじみと話す養護教諭のイメージとは真逆と言っていいほどで、元気で活発でテキパキとやるべきことを行う性格をしていた。
そんな性格だったからこそ余り緊張せずに会話をすることができた。会話と言っても先生が話す内容に相槌を打つだけのことが多いのだが。
「へぇそうなんですか。この時期に転校生って微妙ですね。もうすぐ夏休みなのに」
「そうなのよ、私もびっくり。転校生の子からしても、新しい学校に来た瞬間授業は猛スピードで進んでいくし、慣れてきたと思ったらもう夏休みで学校もなくなっちゃうでしょう。あっでもその子さっきあってみたらすごいフレンドリーでねコミュ力高いなあって感心しちゃったのよ。だから、きっとクラスの人とうまくやっていけそうね」
浅野先生がそう話すのを聞きながら胸がチクリと傷んだ。
先生にはきっと悪気なんてもの一つもない。けれど、クラスに馴染めなかった私がいることに気づかずうっかりそういう話をしてしまうところは、やっぱり苦手だった。
先生の話には反応せず、机に座りわりかし得意だと勝手に思っている数学の問題集を広げた。
人といるのはやはり好きではない。
ドアにかけた自分の手が弱く震えていることに、呆れた。
ドアの内側にかかっているカーテンの隙間から部屋の中を見ると、書類や本やらが積まれて本来の役目を果たしているのかわからないような先生たちのデスク、絆創膏やガーゼがしまわれた6段の引き出し、ただ単に白くて目が痛いだけの壁やカーテンがいつも通りあるだけで、人の気配はなかった。
小さい素振りで胸をそっとなでおろす。
ふぅ、と息を一つ付き、少し錆びたスライドドアを開け、中を覗いながら部屋に入りドアを閉める。
「おはよう、ございます」
いつものようにしょうもないかすれた声が出た。
もちろん、時計の針の音が静かな部屋の中でだた響いてるだけで返事はなかった。
職員室にでも行っているのだろうか、いつもいるはずの養護教諭の浅野先生はまだ来ていないようだ。
誰もいないほうが変に気を使うこともないから、正直安心した。
なんとなく部屋の奥にある鏡の前に立つ。ちょうど全身が見える大きな鏡は日の当たらない隅のところにひっそりとあった。
周りの目を気にして教室の隅の席で縮こまっていた私と似ているな、と何ヶ月か前のことをふと思い出す。
肩上まで伸びて消極的にはねている焦げ茶の髪の毛、少し目にかかった前髪、細い一重の目。
鏡の中の自分と目が合う。自分で言うのもあれだけれど、前髪のせいで光がほぼ入っていない死んだような目だ。本当に生気のない人みたいだな、そう思って一人でぼそっと苦笑する。
自分観察はここらへんにして、後ろを振り返って生徒用の小部屋に入る。
私の通っている学校の保健室にはドアを挟んでベットと机がおいてある、いわゆる小部屋と呼ばれている部屋がある。廊下側と窓側の左右にベッドがおいてあり、真ん中に生徒四人が座れるくらいの大きさの机がある。カーテンをいつもしっかり締めているため、窓自体を見ることはあまりない。
浅野先生は勝手に入ってくることがよくあるが、他生徒が来ることはまず無いから居心地は悪くはなかった。
私がいつも使っている窓際のベットに向かい、横の小さな棚にリュックとサブバッグを置く。
チャイムが鳴るまでは特にやることもなく暇だったから仕方なくベッドの上に腰を下ろした。
木製のベット枠がミシッと音を立てる。
相変わらず学校のものは古いな。
ベッドは安っぽくて初めは座るのすら嫌だったけれど、思ったより座り心地も寝心地も良く、今は何気によく使わせてもらっている。
ふいに、ガラガラという音を立てて保健室のドアが開いた。
心臓が小さくなり始める。ドキドキしながら気配を伺っていると小部屋のドアが開き、ひょこっと浅野先生が顔をのぞかせた。
「あら、結声《ゆいな》さんおはよう!」
「おはよう、ございます」
浅野先生のおおらかなあいさつに、ふっ、と緊張が解れる。
「なんか今日から転校生が来るみたいでねぇ。夏休み前のこの時期他の先生達、範囲を終わらせることを最優先でやってて手が空かないからって養護教諭の私が出迎えることになっちゃって、その準備をしてたのよ」
向かいのベッドに座って、聞いてもいないのに遅れた理由を説明してくれた。
保健室への登校を始めたときも、こんな感じだったなと記憶をたどる。
その日も今日のように明るくさっぱりとした挨拶をして、まず先生の出来事について話してくれた。
よくイメージする、優しくおっとりとしていてしみじみと話す養護教諭のイメージとは真逆と言っていいほどで、元気で活発でテキパキとやるべきことを行う性格をしていた。
そんな性格だったからこそ余り緊張せずに会話をすることができた。会話と言っても先生が話す内容に相槌を打つだけのことが多いのだが。
「へぇそうなんですか。この時期に転校生って微妙ですね。もうすぐ夏休みなのに」
「そうなのよ、私もびっくり。転校生の子からしても、新しい学校に来た瞬間授業は猛スピードで進んでいくし、慣れてきたと思ったらもう夏休みで学校もなくなっちゃうでしょう。あっでもその子さっきあってみたらすごいフレンドリーでねコミュ力高いなあって感心しちゃったのよ。だから、きっとクラスの人とうまくやっていけそうね」
浅野先生がそう話すのを聞きながら胸がチクリと傷んだ。
先生にはきっと悪気なんてもの一つもない。けれど、クラスに馴染めなかった私がいることに気づかずうっかりそういう話をしてしまうところは、やっぱり苦手だった。
先生の話には反応せず、机に座りわりかし得意だと勝手に思っている数学の問題集を広げた。
人といるのはやはり好きではない。
