トン?
え、壁?
「あの、トキくん……?」
おそるおそるトキくんを見ると、彼の瞳は妙に冷ややかで……。理由は分からないけど、どこか不機嫌なんだなって瞬時に理解できた。
だから、抵抗できなかった。
手を、ふりほどけなかった。
真剣な目に吸い寄せられて、私の体も頭も――すべての動きが止まる。
トキくんが私の耳元で呟いたのは、まさにその時。
「砂那のバカ」
そして、ぱくっと、耳を唇で挟まれたのだった。
「っ!?」
ビックリして耳を抑えると、トキくんはもう私のそばにいなくて……。用具室の前にいた。
「顔、真っ赤だよ。ちょっとベンチに座って休んでて。俺と交代」
「……ッ」
「分かった?砂那」
「は、はい!」
まさか名前で呼ばれるとは思ってなかったから……心臓に悪い!
恨めしく見つめると、目が合ったトキくんが、とても満足そうに笑った。
ん?あれ?
トキくんって、こんな意地悪に笑う人だったっけ……?
「(しかも、そんなトキくんにさえときめいてしまう私……!)」
トキくんの新たな一面が知れた、プール掃除。
私の心臓は、いつまでたっても、静かにはならなかった。