何回だって、キミがいい

私には、忘れられない人がいる。
付き合っては別れて、また付き合って別れて…。
周りの人はきっと不思議に思うだろう。付き合わなきゃいいのに、って。
でも、別れが来るとしても、彼と一緒にいたかった。
彼とはもう6年会ってないけど、彼以上に好きになれる人はいない。


「2人さぁ、今度の週末、空いてる?」
伶香と、大学時代の友人の成海青とお茶会をしていた時のこと。
「空いてるっちゃ空いてるけど」
「空いてるよ」
「よかったぁ」
「何?意味分からないんだけど?」
「今度の週末、合コンしよ!」
「ナル、彼氏いるじゃん」
「心ちゃんが二人連れてきてくれるってさ」
「なんで合コン?彼氏作る気ないって知ってるよね?」
「まあまあ、そんなこと言わないでよ〜。私だって二人の彼氏、見てみたいんだからぁ」
「意味分かんない!咲は行くの?」
急に振られても…とは思うものの、
「行こっかな。」
「え⁉︎なんで⁉︎」
「たまにはね…気まぐれ」
「やったぁ!」
「青ちゃん、今度からそういうことはもう少し早く言ってね。心平くんによろしくね」
「はーい」


お茶会の帰り道。
「ねぇ、咲。なんでOKしたの?」
まだ伶香は不服そうにぼやいている。
「せっかく準備してくれてるのに、断るわけにはいかないでしょ」
「まったく、お人好しなんだから」
「それに伶香も結婚とかさ、子供欲しいんだったらそろそろだよ?もう28歳なんだから」
「そうだけどさ」
「私のこと、気にしなくていいからね。」
「そういうわけじゃないから」
そんな話をしているうちに、伶香の家の前に着いた。
「じゃあね、咲。」
「うん、またね。」


週末。集合時間の10分前に三人で集まって、心平くんたちを待つ。
「二人とも、めっちゃ気合いあるじゃん!」
「そうかな〜」
「ないから!」
「青ちゃん、もう来てるの?早いね」
「心ちゃん!」
「咲と伶ちゃんも久しぶりだね。」
「そうだね」「どうも」
「座って座って」
そう青ちゃんが促すと、男女三人ずつ向かい合って座る。
この三人でいることはあっても、それ以外の人がいるのは久しぶりで、緊張感が増してくる。
不意に前から視線を感じて、顔を上げてみた。すると、すぐに目を逸らされた。けれど…
—— え⁉︎なんで⁉︎
見間違えるはずがなかった。知っている顔がそこにはあった。6年ぶりにみる顔だった。
颯くんだ。
社会人になったから、雰囲気も変わってるし、最後に会った時からは大人びていたけれど、
確かに颯くんだ、と一瞬で分かった。
颯くんも気まずいだろう。合コンするって言われて来てみたら、元カノに遭遇、だもんね。
実際に気まずそうなのも見て分かる。
颯くんだと気づいたのか、伶香が「大丈夫?」と小声で聞いてきて、「うん」と答えた。
「あ、飲み物必要だね。私が何か持ってきますよ。何がいいですか?」
「オレンジジュース」「リンゴジュース」「紅茶」「水」
「了解です。」
颯くんだけは答えてくれなかった。
「えっと………あなたは?」
「あ、紹介するね。職場の同僚なんだけど」
「土井大雅。よろしく」
「よろしくです」
「で、あいつは…」
「水瀬颯」
「飲み物…」
「俺はいい。お手洗い行ってくるわ」
行ってしまった。
「私も行ってきますね」
「いってらしゃい」

颯くんに悪いことをしてしまったかもしれない。知らない人のふりをしようとした。
だから、ちょっと不機嫌になったのかもな。
そんなことを考えながら、ドリンクを持って戻ろうと歩き出した時。
——⁉︎
誰かとぶつかった。
「すみません。大丈夫ですか?」
ぶつかった相手はしばらく無言だった。
「…………ダメって言ったらどうするの?」
声ですぐに分かった。
グラスの破片を拾っていた私は、その人の顔を見上げた。
「えっと…」
顔を下げた私は、颯くんの足元がびしょ濡れになっているのを見た。
「ごめんなさい。靴とか全部濡れちゃったね…。すぐ対処するから待ってて。」
「別に対処しなくていいんだけど」
「え、でも…」
「ちょっとついて来て」
そう言って颯くんは、私の手首を掴んで強引に歩き出した。
席に戻って、颯くんが鞄をあさった後、近くにある椅子を引いた。
「そこ、座って」
「え……」
「いいから」
そう言って強引に私を座らせて、私の足をサンダルから抜いて、颯くんの膝の上に置いた。
「………」
颯くんのしようとしていることがなんとなく分かった。
きっと私の足の指が切れていることに気付いたんだ。
絆創膏を綺麗に貼ってくれている。
——そういうとこ、変わらないね。
絆創膏の貼られた私の足は、颯くんが靴の中に戻してくれている。
「……ありがとう」
「そういうとこ、変わんないな。俺の心配する前に自分の心配すれば?」
「……」
「戻るぞ」
そう言ってまた私の手首を掴んで、強引に歩き出した。
今のみんなに見られてたよね?大丈夫だったのかな。
そんな私は他所に、颯くんは店員さんに話しかけていた。
「すみません。ドリンクこぼしちゃって、雑巾と箒か何か貸していただけますか?」
「私が片付けますので、お客様はごゆっくりなさっていって下さい。」
「では、よろしくお願いします。」
店員さんは気付いていて片付けようと雑巾を持っていたのだと分かった。
店員さんには笑顔で話しかけていた颯くんの顔にはもう笑顔は消えていた。
ちょっと歩いた所にあるドリンクバーで二人で黙々とドリンクを取り始めた。
みんなの分を取り終えたけど、颯くんの分がないのもなんだなと思って、ココアを注ぎ始めた。
「は?何してんの?」
「颯くんの分がないでしょ?そういえば、ココア好きだったな、って思って。余計なお世話だったかな…」
「ありがとな」
そう言って、頭をポンと撫でられる。
「戻ろっか」
「……うん」

「お待たせしてすみません。どうぞ。」
席に戻って私は、ドリンクをみんなに配っていく。
颯くんは、替えの靴下を持っていたらしく、靴下を替えて靴を拭いていた。
「今ね、メニューどうしよっか、ってみんなでメニュー見てたんだけど、二人はどう?」
気まずい雰囲気が流れないように、伶香が話しかけて来てくれて、少しホッとした。
「そう言っても、咲はもう決まってるか。いつもあれしか頼まないもんね。」
「まあね。みんなはどうするの?」
「まだ考え中だよ」
「そっか」
それからしばらくして、みんなのオーダーが決まって、その待ち時間。
「ねえ、さっきからめっちゃ気になってんだけどさ、二人どういう関係?」
最初に沈黙を破ったのは青ちゃんで、私と颯くんに話しかけてきている。
「どういう関係って?」
「さっきなんか仲良さそうだったから、気になって」
「えっと……、それは………」
「元カノ、だけど」
そんな言葉を躊躇いもなく言う颯くん。
自分から言うのは癪に障るけれど、颯くんから言ってくれたおかげで少し楽になる。
「うん……、元カレ、です」
「伶香は……?」
「え?私?………中・高時代の同級生、だけど」
「あ、そうだったんだ…… じゃあ、久しぶりなんだ」
「まあね。っていうかそんな話止めよ。空気悪くなるでしょ!」
「ああ〜、ごめん」
またしばらく沈黙の時間になって、「お待たせしました」と店員さんが来るまでは誰も喋らなかった。
「ちょっとさ、みんな、黙りすぎじゃん?ああ…、咲、なんか喋って?」
「え?私?えっと……、御三方は同僚でしたよね?部署も同じだったり?」
「いや、違うよ。水瀬はこの春移動してきたし、土井ともそんな接点はないよ」
「じゃあ、どうして知り合ったの?」
「三人とも同じアパートに住んでるからね。良かったら、三人で遊びにおいでよ。」
「いつか…」

そんなこんなしてたら、いつの間にか時間が来て、帰る時間になった。
「あ、心ちゃん、少し飲んでこ!じゃあね〜」
「あ、私、ちょっと寄り道して帰るね!」
「僕も用足してから帰るから」
あっという間に二人きりにされてしまった。
「お前は?」
「私は帰ろっかな。明日もあるし」
「送ってくよ」
「大丈夫だよ」
「送らせて」
半ば強引に同じ道を辿ることになってしまった。
「戻ってきてたんだね。また会うなんて、考えてもなかったから…」
「そうだな。びっくりしたわ」
「うん。そうだね」
この何気ない会話。懐かしいな。
「あれからどうしてる?」
「どうしてるって?」
「樹くんは?」
「大学通ってるよ。馬鹿みたいに勉強してる。」
「そっか。あいつは?」
「相変わらず。でも、顔は出してくれるようになったよ。家から外には行かないけどね」
「そうなんだ」
「そっちはどう?」
「毎日仕事に追われてる」
「頑張ってるんだね」
「まあな」
聞きたいことがある。でも、そんなことを聞いていいのかも分からなかった。
「ちょっと寄らない?」
「いいよ」

誰もいない夕方の公園。二人で缶を片手に並んで座るのも懐かしい。
「何年ぶりだろな、こうして並んで座るの」
「懐かしいよね」
「お前、瀨尾の知り合いだったんだな」
「大学の頃のね」
「ふうん」
不意に、右手が包まれた。大きくて、強いけど、温かい感じ。懐かしい。
「今は、誰か付き合ってる人でもいるの?」
「いないよ」
「そっか」
「私にできると思う?だって、私なんて青ちゃんや伶香と一緒にいたら、石ころのようなもんだよ?
誰も振り向きやしないよ。」
「俺は振り向いたけど?」
「それは、見る目ない」
「どうかな〜」
「あれから6年経つし、颯くんは彼女いるでしょ?さすがに」
「まあな」
「ここで二人でいたら彼女、悲しむんじゃない?行くよ」
颯くんは私の言ったことに否定しなかった。やっぱ彼女いるんだね。
昔からそうだったよね。颯くんは群れの中にいると、華やかな存在で誰からも好かれる。
私に嫌な顔ひとつしないで接しているのが不思議だった。付き合うなんて、もっと意味分からなかった。
でも、そんな颯くんが私は好きだった。
それは、幼馴染の紫音に関しても同じだった。
小さい頃から紫音は、バカみたいに素直で、元気で笑顔がとてもよく似合う男の子で…。
泣いてばかりの私によく手を差し伸べてくれた。
でも、大きくなっていくにつれて、それが嫌になって、関わるのもだんだん減っていったな。

「全然変わらないな、お前のとこは」
「そうかな」
「咲?」
家の前で別れようとする前に声を掛けられて、戸惑った。
「紫音…」
「えっと…、水瀬?」
「米倉、久しぶり」
「樹は?」
「もうじき帰って来ると思うけど…」
「あ…」
「颯くんじゃん!久しぶり!」
「久しぶり。あ、俺帰るわ。じゃあな」
「ご飯これからだよ。せっかくだし、食べてこーよ!いいだろ、姉ちゃん。しーくんも」
「いや……」
「上がってってよ!」
弟の樹は、人見知りだけど人懐っこくて、私の人間関係も取り持ってくれる、大切な存在だった。
「姉ちゃん、夕飯俺が作るわ!」
「いいの?」
「作りたいの!」
「そう。じゃあ、私部屋で休んでるね。」
「了解」
紫音と颯くんはきっとリビングにでもいるのだろう。
もともと二人は仲良かったし、私が気にするところはないかな…。

部屋に戻って、私はベッドに横たわった。
颯くんとの思い出を懐かしみながら、物思いに耽った。


「お前、元気だな」
「そっちこそ」
リビングでは、米倉紫音と水瀬颯が向き合って座って、話していた。
「どうだ?その…あれから」
「もう10年になるもんな。最近部屋から出てこれるようにはなったな。家から外には出れねぇけど」
「そっか」
「咲と樹と伶香以外に会うのは久しぶりだな」
「そっか」
「そういえば咲、伶香と出かけるって言ってたけど…伶香とも会ったのか?」
「まあ」
「それで気使って、二人にしたんだな」
「そういうことなの?」

ピーポーン。
インターホンが鳴った。きっと伶香だ。
メール来たばっかなのに、もう来るなんて早い。
急いで部屋から出て、玄関に向かった。
「早くない?用って何?」
「遊びに来ただけだけど」
伶香は、いつものようにリビングに向かう。
「あ、水瀬もいんじゃん」
「まあ、色々あって」
「どうせ、いっちゃんに引き止められたんでしょ」
「バレましたか」
「いつものことじゃん」
「私上にいるよ」
「またね」
私は部屋に戻った。
病院でもらった健康診断の紙。誰にも打ち明けられない秘密。
無理はしてない。気を遣わせたくはない。
いずれ知られることになっても、変わらないこの時を大事にしていたいと思った。

「よっ、今日はカレーだね」
「もうすぐできるよ。食べてく?」
「よろしく」
いつものように、薮谷伶香は幸村家でご飯を食べて帰るようだ。
「伶香じゃん」
「二人で何話してたの?咲の話?」
「まあ色々」
「私はいない方がいい?」
「どうせいるんだろ?」
「まあそうだけど」
「相変わらず仲良いんだな。俺いない方がいいじゃないの?幼馴染、水入らずで」
「いていいよ。ただ幼馴染なだけよ?幼馴染の形は変わるものなんだから。
紫音の親友で、咲の元カレ。結構深い関係だと思うけどな…」
「瀨尾の彼女の友達であそこいたんだよね?」
「合コンなんて行く気なかったけど、聞いた時にはもう遅くてさ、行く羽目になったの。
心平もナルも大学の時の友達。それが何か?」
「なんでもない」
「まだ咲のこと好きでしょ?ってか咲以外と付き合う気ないでしょ?
土井さんから聞いたよ。彼女何年もいないっぽいてさ」
「…」
「でも、咲は水瀬がモテるの知ってるから、他に彼女いるって思い込んでる。そんな感じ?」
「…」
「隠さなくていいよ。大体わかるから。未練タラタラなんでしょ?でも一途なの、いいと思うよ。」
「伶香、その辺にしとけ」
「はーい」


「ごちそうさま」
ご飯を食べ終えて、お膳を片付けて、食器の洗い物を始めようとすると、
「水瀬、帰るってよ。見送りしてあげなよ。」
と伶香に話しかけられた。
「でも、洗わないと」
「姉ちゃん、俺がやる」
と樹に始められてしまった。
荷物をまとめている颯くんのところまで行って、
「もう帰るんだって?」
「明日からあるしな」
「気をつけてね」
「また会うかもな」
「え…」
「じゃあ」
——青ちゃんの合コンにまた付き合わせられるってこと?それとも偶然?
会う確率は確かにあるけれど、どういう意味かは分からなかった。

たとえ颯くんでも付き合わないと、彼氏は作らないと決めていた私の運命はこの時から変わっていったような気がした。