「おっ……コーエン!それでは…………」


 思わぬ話の展開にクララは目を見開く。


(わたしは、わたしの目的のために?)


 コーエンは、クララはここで、自分の能力を発揮しながら、運命の出会いを求めても良いと、そう言っているのだろうか。


「陛下が重視するって言ったのは『婚約者との関係の築き方』であって、別に本当に結婚しろって話じゃない。次の王に指名されるって目的さえ果たせば、おまえのことはお役御免でも構わないんだ。破談になったからって、おまえの父親は王子の支援をやめるような人間じゃないだろ?」


 王子であるフリードの制止を遮って、コーエンがそう説明する。コクリと頷きながら、クララの瞳はキラキラと輝いた。


「だったら問題ない。おまえはこの城で思う存分働いて、ついでに運命の出会いとやらを探せばいい。双方うまみのある話だろ?」


 トクン、と音を立ててクララの心臓が高鳴る。


(まさかこいつの存在に感謝する時が来るなんて)


 もしもこの場にフリードしかいなかったならば、こんな交渉めいたことではなく、『婚約者として親交を深めていこう』と、そう言っただろう。
 けれど、王子すらも圧倒するこの推しの強さと一本筋の通った理屈。


(わたし、こいつの考え方、嫌いじゃないかも)


 チラリと横目でコーエンを見ながら、クララは笑う。そして、困った表情のまま腰掛けているフリードを真っすぐに見つめた。


「――――――致し方ない、のだろうね」


 フリードは小さくため息を吐きながら、ニコリと笑った。クララは手を合わせて飛び上がる。コーエンは鼻を鳴らして笑いながら、すくっと立ち上がった。


「交渉成立、だな」


 そう言ってクララの目の前に手のひらが差し出される。大きくて無骨な手のひらだ。何故だかクララの心はムズムズと落ち着かない。


「――――よろしく、お願いします」


 けれどクララは己の手のひらを差し出した。

 先程までの絶望感が嘘のように晴れ渡っているし、底意地の悪さばかりが目についたコーエンの表情にも、何やら良さを見いだせるようになった気がする。

 クララはフリードとコーエンを交互に見つめながら、ようやくいつものように笑うことができたのだった。