その時、クララの部屋の扉がノックされた。クララは思わず身体を震わせる。

 こんな時間に彼女の部屋を訪れる人間なんて、これまでいなかった。涙で泣きぬれた頬を拭いながら、返事もせずにそっと耳をそばだてる。


「クララ、俺だけど」


 その途端、ドクンと心臓が跳ねた。
 声の主が誰なのか、名前を聞かなくたって分かる。


(コーエン)


 今一番会いたくて、会いたくない人物だ。クララはベッドから起き上がると、恐る恐る扉の前へ進んだ。


「…………何か用?」


 扉を開けぬまま、クララは答える。努めて平然を装った声は痛々しくて、心が疼く。


「いや、なんか帰り元気なかったし、様子見に来たんだけど」


 コーエンはそんなことを口にした。

 きっとこれまでなら、無意識に舞い上がっていただろう。けれど、今のクララは、その言葉と行動の持つ意味を理解している。だから、これ以上心が揺れ動くことなんてない。

 クララは扉を開けながら、ニコリと微笑んだ。


「元気がないなんて心外だわ。こんなにピンピンしてるのに」


 困ったようなため息を吐きながら、クララはそっと視線を逸らす。コーエンの顔を見たら、泣き出しそうだった。そんな醜態は晒したくない。晒すわけにはいかなかった。


「――――だったら良いけど」


 そう言いながら、コーエンはクララの目元をそっと撫でる。ドキンと音を立てて、心臓が跳ねた。