コーエンの耳元でシリウスが囁く。本来ならばクララには聞き取れないほどの声音。けれど、風のいたずらか、やけにハッキリと耳に届いた。


「…………まぁな」


 コーエンはそう言って、ぶっきら棒に笑った。

 その途端、クララは時が止まったような気がした。賑やかな王都の喧騒は消え、目の前の二人しか見えない。クララの心臓がドクンと疼いた。


「おかしいと思ったんだ。俺はフリードが王太子争いに乗るなんて、ちっとも思ってなかったから」


 シリウスはそう言うと、目を細めて笑った。


「ジェシカは喜ぶだろうな、フリードが王太子になってくれたら。お前が本気になるわけだ。……まぁ、手紙に書いてたもう一個の事情の方の理由は俺には理解できないけど」


 シリウスの視線が一瞬だけクララへと向けられる。ビクリと身体を震わせながら、クララは視線を彷徨わせた。


「聞いたってどうせ教えてくれないんだろ?」

「まぁね」


 コーエンはそう言ってチラリとクララを見つめた。

 彼に向けられたのはどこか優しくて穏やかな笑みだというのに、受け入れがたい。それどころか、先程から呼吸すらうまくできないし、心がズキズキと痛む。

 生まれて初めて感じる痛みに、クララは顔を歪めた。