二人が訪れたのは王都のはずれにある小洒落たカフェだった。
 店内には客は殆どおらず、隠れ家的な雰囲気を醸し出している。


「あいつは……まだ来てないらしいな」


 店内を見回してみても、目的の人物の姿は見えない。
 クララたちは店の一番奥、窓際の席を陣取った。


「なんか頼む?」


 席に着くなりコーエンはそう言うと、手慣れた様子でメニューを広げる。


「えっ……えっと」


 クララは差し出されたメニューをおずおずと覗き込んだ。

 貴族の令嬢として生まれたうえ、まだ16歳。こういった店に来るのは生まれて初めてだった。どんなものを頼めばいいのか、どんな風に振る舞うのが正解なのか、クララにはちっとも分からない。

 同じ貴族のはずなのに、コーエンは随分と慣れた様子だ。まるで常連客かの如く寛ぎ、楽しそうな笑顔を浮かべる。


「ほら。クララが好きな紅茶もケーキも色々揃ってるぞ」


 そう言ってコーエンはクララの肩をグイッと抱き寄せた。吐息が重なるほどの至近距離。わけもなくクララの心臓がトクトクと高鳴った。


(近いっ!近すぎるんですけど!)


 コーエンが隣であれこれと解説しているのが聞こえるものの、内容がちっとも頭に入ってこない。クララは思わずギュッと目を瞑った。

 すると、クララの脳裏にふと、以前読んだことのある本のワンシーンが思い浮かぶ。

 ある日の休日。主人公は街に出掛けて、食事をしたり、買い物を楽しんだりする。それらの行動は、彼女にとって当たり前で、ただの日常の延長線。
 けれどその時、主人公は想い人と一緒だった。たったそれだけの違いだけど、主人公はいつもより楽しくて、ドキドキして、そして幸せだった。

 まるであの物語の主人公の心が乗り移ったかのような心地。
 好きな人と二人きり。一緒にいるだけで楽しくて、嬉しくて。


(いや、違うけど。違うんだけど。なんだかこれってまるで――――)