「別に、悩んでなんかいないわ」


 ただ少し、いじけているだけ。
 それをヨハネスに気取られたのが悔しいけれど。


「つれないなぁ。一時は結婚を約束した仲なのに」


 ヨハネスはクスクス笑いながら目を細める。


「約束じゃなくて『取引』でしょう? それだって、本気で履行する気はなかったくせに」


 それはコーエンが王太子に即位する直前のこと。

『フリードが王太子の位を手にできなかったその時は、君は僕と結婚する。そう約束してほしい』

 そんな条件と引き換えに、クララはヨハネスと取引を結んだ。不正の証拠を掴む為に必要な資料を閲覧できる人間が、ヨハネス以外に居なかったからだ。

 その時のクララは、コーエン=フリードだと知らなかった。けれど、ヨハネスがこんな取引を持ち掛けた理由は明白。

 弟――コーエン――の本気を引き出すため――――ヨハネスは本気で、クララをどうこうする気は無かった筈だ。


「心外だなぁ。僕は君のこと『気に入っている』って伝えた筈なのに」


 クックッと笑いながら、ヨハネスがクララに手を伸ばす。サラリとそれを躱しつつ、クララは小さくため息を吐いた。


「それで? 今度は何を企んでいるんですか?」


 明るく華やかなヨハネスの表の顔。その裏にほの暗い影があることを、クララは既に知っている。
 打算的で人を信用しないという彼がこうして擦り寄ってくる時、そこには絶対、隠された思惑がある。


「――――少し、情報提供をしようと思っただけだよ。未来の王太子妃様に、ね」


 ヨハネスはゆっくりと目を細め、クララを見つめる。数秒間の沈黙。クララは小さく息を吐く。


「良いわ。聞いてあげる」


 そう言って尊大に胸を張れば、ヨハネスは今度こそ声を上げて笑った。