肺が痛い。汗がダラダラ流れ、酷く息苦しい。


「ちょっ……ちょっと待って! イゾーレ!」


 前方で、青味がかったプラチナのポニーテールが跳ねる。同じ時間、同じ距離を走っているというのに、息一つ乱れておらず、汗も掻いていない。実に涼やかな顔つきのイゾーレが、チラリとこちらを振り返った。


(良かった、止まってくれそう!)


――――そんなことを思ったのも束の間


「だらしないぞ、クララ! そんなことでどうする!」


 野太い声音に檄を飛ばされ、クララの身体がビクリと跳ねた。

 鍛え抜かれた大きな体躯。その膝の上には、小さな仔猫がチョコンと乗っかっている。彼の手は絶えず仔猫を撫で、毎秒表情を綻ばせている。
 見た目と中身のギャップが激しい――――第一王子、カールだ。


「殿下がこう仰っているのです。このままもう一周走りますよ、クララ様」

「そんな!」


 止まるどころか寧ろ先程よりもペースを上げるイゾーレに、クララの絶望が増す。
 ヒィヒィ言いながら走り続け、ようやくゴールを許された時には、クララはビックリするほどへとへとになっていた。


「クララ様、大丈夫ですか?」


 柔らかな手ぬぐいに水筒を差し出し、イゾーレが尋ねる。相変わらず無表情だが、心配していることは伝わって来た。


「全然……大丈夫じゃない!」


 対するクララは、芝生の上に寝転がり、指一つ動かすことが出来ない。情けないことこの上ないが、クララは生まれてこの方、運動を殆どしたことが無い。


(貴族女性の体力の無さを舐めて貰っちゃ困るわ)


 父親が軍部のトップであり、幼い頃から鍛えられているイゾーレとは状況が違う。悪いのはイゾーレではないけれど。