「まぁまぁ、ボクの前でまで意地張るなよ。『クララはフリード殿下の婚約者』だって……そう噂を広めたら、下手に手を出せる男はいなくなるんじゃないの?」


 困ったように笑いながら、フリードは首を傾げた。

 ベテラン勢はさておき、若手で内侍の役職に隠された意味を知る者はいない。だからこそ彼等は今、気軽にクララに近づくことができるし、彼女との未来を夢見ることができる。

 けれどクララが『王子の婚約者』と知れれば話は別だ。

 その状態で彼女に近づこうとできるのは、余程身分が高く気骨のある者か、クララへの想いが強い者だけだろう。


「……おまえ、面白がってるだろう?」

「少しだけ、ね。長い付き合いだけど、こんな君を見るのは初めてだから」


 フリードがクスクスと笑い声を上げる。
 コーエンはしばらく恥ずかし気に唇を尖らせていたが、ややして神妙な顔つきをすると、そっぽを向いた。


「…………噂は広めない」

「え?」


 テッキリ提案に乗ってくるものと思っていたフリードは、予想外の反応に首を傾げる。

 コーエンは外堀という外堀をこれでもか、と埋め尽くしていくタイプの人間だ。手中の切り札をそのままにしておく筈がない。フリードはそう踏んでいたのだが。