上手くいかなかった初恋で心に残るはずの大きな傷は、他でもない恋をした相手その人によってあっさりと消し去られた。

 不思議な事に彼女を愛して付き合っていたという事実は記憶にあり覚えているのだが、その時の気持ちがすべて消えてしまったので目の前で背中を向けて去られても、何の悲しさも湧いて来ない。彼女自身が、それを望んだから。

 何の頼りにもならなかった役立たずの若者は助けを求めていた彼女に捨てられてしまった事実だけが、頭の中に焼き付けられた。

 ことある毎に宿舎を抜け出し恋人に元に足繁く通い会いに行っていた自分が、今までになく真面目に勉強や鍛錬に取り組むようになり、常に説教するか怒っているかどちらかだった教官は妙な表情をしつつも何も言わなくなった。

 憧れの的である王宮騎士団に入団出来たというのに。新人の訓練所に入ってからずっと、一人前でもない癖に、くだらない恋愛になんぞにうつつを抜かすなと怒られ続けた自分だったが、失恋後は絵に描いたような真面目な優等生になったからだ。

 失恋をしたというだけの曖昧な記憶と、その時の感情を一切無くしてしまっている自分。他でもない彼女が去り辻褄の合わないちぐはぐな心には、いつも何かが足りないような気がしていた。

 訓練所を出て、ようやく一人前の騎士となり運良く数々の戦功を立てて上に認められた。騎士が目指すべき頂点である筆頭騎士の一人に選ばれたというのに、それでも心の中に何かが足りない。

 人生において生きていくための大事な何かが、常に何かが足りなかった。