Bの一家は両親と姉、兄、B本人と更に妹と弟。
 両親は弁当屋を生業としていた。元々は肉屋だったのだが、近所に大手のスーパーが出来てから売り上げが落ちたことから廃業し、店舗兼住居をそのまま生かして弁当屋に改装した。肉の仕入れルートは出来ていたので経営はスムーズに移行、弁当屋は繁盛していた。
 長女は中学からグレて家には寄り付かず、水商売を転々としていた。地元の恐い人たちとの繋がりがあるようだ。
 長男は大変優秀で県で一番の高校へ進学した。
 Bは弁当屋という家業が気に入らない。同級生たちが買いに来て、美味しいと口にはするが、それが惨めでたまらない。店は節電のためいつも薄暗い。調理場は油臭い。子ども達の食事はそこで調理され、メニューは弁当屋とほぼ同じだ。同級生の家庭にとってはたまの弁当屋利用だが、自分は毎日、これからもずっと店と同じ物を食べさせられるのだ。
 兄は優秀だが自分は頭が良くない。姉のように家を飛び出したい。でも下には妹と弟が居る。店が忙しいので下の2人の世話はBにかかっている。早く自立したい。
 Bは学校では目立たない。友達が居ないわけではない。誰とでも仲良くし、問題無く日々を過ごしているように見える、が、陰では万引きを繰り返していた。小学生の時から。仲良くしていると見せかけて同級生たちの私物を盗んでもいた。大人しい転校生などは恰好の餌食だった。自分の周りで幸せそうにしている人間が兎に角気に入らない。何もされてはいないが、まるで仕返しでもするかのように盗んだ。
 幸い万引きはみつからないし同級生に対する盗難も問題になることは無かった。名前を書けば入れるレベルの高校になんとか引っ掛かって、後は卒業するだけだ。妹と弟は手がかからなくなった。レベルの低い親に育てられたにしてはそこそこ勉強する兄は地元の私立大学へ進学した。裕福ではないので必死にバイトして学費を稼いでいる。Bが大学へ行くのは不可能だ。さっさと就職してこの家を出よう。
 そんな或る日、母親が倒れた。癌だった。余命宣告され、あっけなく亡くなった。弁当屋は父だけでは立ち行かず、閉店を余儀なくされた。同時期に兄のアルバイト先での不正が発覚した。収監されたために大学は退学。兄の不祥事が高校に知れることになり、Bも退学した。下の2人は姓の違う親戚の養子になった。
 人生はことごとくBの思うようにならない。
 更に不幸の連鎖は止まらない。
 父親が自殺した。
 兄の事件が報道され、父が死んでも姉は帰って来なかった。悪い世界に居るとの噂を聞いた。もうどこかで死んでいるのかもしれない。家を処分し、母親の治療費を含む借金を払い、手元に残った金で数年は働かずに生きられた。その間に結婚でもすれば良いかと思ったが、家族のせいでまともな人間と知り合えない。子どもの頃からの友達には悪行がばれ、みんな離れて行った。
 良い事だけをして生きている人間なんて居るんだろうか。悪い事をしている人間だってごちゃまんと居るはずだ。なのに自分は良い人間にも悪い人間にもなり切れなかった。こんな家に生まれたせいで。
 生きている価値が無いとはこのことだ。
 自宅から数分離れた所に日本で有数の景勝地がある。自殺の名所でもある。まるでここから飛び降りるために吸い寄せられるように引っ越したかのようだ。やり直せないからここから飛び降りて全てを終わらせるしかない。
 生まれ変わったら良いことだけをする人間になりたい。自殺者には生まれ変わりは許されないんだっけか。ダメだこりゃ。