「カルロ様……私を婚約者にしてくださいませんか?」

 そうダンス中に頬を染めたエセルに問われて、カルロはあいまいな笑みを返す。
 本来ならファーストダンスは婚約者と踊るものなのだが、カルロはマリアと踊ることはしなかった。代わりに誘ってほしそうに近づいてきたエセルと踊っている。
 もはや何度目になるか分からない彼女とのファーストダンス。
 エセルが周囲に「自分が皇太子の婚約者の筆頭候補だわ」と漏らしているのをカルロは知っている。知っていて、いさめることもしない。

(……エセル嬢の期待に応えてやっても良いのかもしれない。もう、あの頃のマリアはいないのだから。もはや誰が婚約者になったって同じだ)

 そう思いながらも、カルロが煮え切らない態度をしてしまうのは、やはりマリアへの未練なのかもしれない。
 八年前──カルロは父親に無理を言って、初恋の相手であるマリアとの婚約を結ばせた。
 しかし彼女は以前会った時のことをすっかり忘れ、しかも渡したプレゼントのブローチもなくしたあげく、他の男に熱を上げていた。
 カルロはひどく落胆した。それでも諦めることなく振り向いてもらおうと努力したが、マリアは共に過ごした夏祭りの夜が嘘だったかのように粗野なふるまいを繰り返した。カルロに嫌われるために何でもする暴れ馬な彼女を見ていたら、波が引くように恋の熱が冷めていくのを感じた。

(……もう期待はしていないはずだけれど)

 それなのにマリアを解放してあげられないのは、あの日に自分を救ってくれた彼女が忘れられないからだ。
 彼女以上に愛せる相手を見つけられる気がしない。
 もう、あの可憐な少女はいないと分かっているのに。
 エセルとのダンスが終わり、カルロは仕方なくマリアの方へ向かう。足が重かったが、さすがに婚約者と一度も踊らない訳にはいかない。

「……ダンスを」

 そうマリアに手を差し伸べれば、おずおずと指先だけ重ねられた。
 それが不愉快だった。

(そんなに僕に触れたくないのか……)

 唐突に怒りが湧いて、彼女の手を乱暴につかんで引き寄せた。もう一方の手をマリアの腰に当てる。
 マリアはガチガチに緊張していた。慣れたステップのはずなのに足をもつれさせた彼女をフォローして、カルロは不思議に思う。

「病み上がりで、体調がまだ万全ではないのですか?」

 そうかもしれない、と思った。今にも倒れそうなほど顔色が悪いし、手が小刻みに震えている。
 以前より雰囲気もどこか柔らかいし、いつもだったら嫌味と海賊王のノロケを吐き続けていたのに、それもない。

「……そうかもしれませんわね」

 彼女はカルロの目を見ずに、そう答えた。そのしおらしい態度にも違和感をおぼえる。

(……なぜか、気になるな)

 だから、ダンスが終わった後もついマリアの姿を追って見てしまった。
 エマがさっさと妹を連れて帰ろうとしているのを見て、やはり婚約者の体調不良を実感する。そうでなければマリアが大人しくしているはずがないのだ。

(……花束でも贈るか)

 病気の婚約者をいたわることは普通だが、カルロはそんなことをする気にはなれなかった。マリアならばカルロからプレゼントを受け取っても嫌そうな顔をして捨ててしまうだろう、という確信があったからだ。
 しかし、なぜか先ほどの彼女は放っておけないような雰囲気がある。弱っているからかもしれないが……不思議と優しくしたくなるような印象があった。八年前に出会った当時の雰囲気の面影を感じて、ふいに懐かしさが込み上げてくる。
 ただの勘だったが、もしかしたら今の彼女ならば花束も捨てたりしないのではないかと錯覚してしまった。

(いや……そんなこと、ありえないな)

 それなのに、カルロは先ほど触れた熱を思い出して手のひらをじっと見つめた。