夏波の顔を覗き込む私の横に、誰かがふわりと跪いた。
そして、シトラスの香りが鼻孔をくすぐる。
その瞬間、安堵が一気に押し寄せてくる。
────ああ、来てくれた、と。
「俺が連れていく。安心しろ、沙羅」
低く告げて夏波の身体を簡単に抱きかかえる。
その瞬間、周りからきゃあっと黄色い悲鳴が上がった。
保健室の方へ去っていく兄の背を見つめる。
体育倉庫の方から生徒会の先輩たちが数人出てきた。
「玲央、めっちゃ早くね?」
「うん。秒だったね。ちょうど清掃活動しててよかった。タイミングばっちり」
「しかもお姫様抱っこで運ぶとか、不謹慎かもしれないけど、やっぱり王子様ね〜」
「あれは流石に惚れるわ」
きゃはっと盛り上がる先輩たち。
私は瞑目し、ふ、と息を吐き出した。
その夜。
やけににまにまとしながら夕食をとる兄の姿は、とても不気味なものであった。



