紗良はカバンに突っ込んだまま息を潜めているチョコの存在を気にして、一日中ソワソワしていた。

土曜日の海斗のプール教室、渡す暇などないだろうし、渡す機会があったとしてもさすがに人が多すぎて目立ってしまうと考えつつも、チョコはカバンの中。

結局いつも通りレッスンが終了して、何人かの子供が「滝本先生~」と甘い声をかけているのを横目にそそくさと帰ってしまった。

(あんなところで渡せるわけないじゃない)

しかも、子供とはいえ女子たちの乙女な顔ときたら、きっとチョコを渡す子もいるんだろうなと想像して知らず知らずモヤッとしてしまって見ていられなかった。

まさか小学生に嫉妬してしまうなんて……。

(どうかしてるわ、私)

紗良は深いため息をつく。

やはりタイミングはアルバイト時かと思いつつ、何をそんなにも緊張することがあるのだと自分を落ち着かせる。

学生の時だってこんなにドキドキしたことがあっただろうか。
過去の自分を振り返ってみても、小学生のときに先生にチョコを渡した記憶しかよみがえってこない。
確かにあの時も相当ドキドキしていたけれど。
そんな記憶は遠い彼方だ。

結局心が落ち着くことはなく、ソワソワしたままアルバイトに出掛けたのだった。