「あ、白ご飯も食べるよね?お茶も持ってくるね」

「かいともおてつだいするー」

紗良と海斗はキッチンへパタパタと駆けていく。
そんな様子を見た母親は人知れずクスクスと笑った。

まったく我が娘ながら、杏介に対してこんなにも初心な表情をするなんて――。

「お口に合ってよかったわぁ」

「はい、どれも美味しいし、どれから食べていいか迷いますね。実はおせち料理を食べるのは初めてで……」

「あら、そうなの?まあ、一人暮らししてると食べないわよねぇ」

「それもそうなんですけど、お恥ずかしながらあまり家族と仲が良くなくて。だからこうしてお正月に集まってご飯を食べることが新鮮で嬉しいというか。あの、本当にありがとうございます」

「あら、じゃあご実家には帰ってないの?」

「帰ってないですね」

「だったらこれからも家に来たらいいわよ。紗良も海斗も喜ぶし。もちろん私も、ね」

「ありがとうございます」

「あ、でもご両親に申し訳ないかしら?杏介くん独占して」

「そんなことはないです。本当にありがたい話です」

ぽろっと零れてしまった杏介の家族の話。
不穏な空気を感じながらも、紗良の母親はそれ以上深く聞くことはなかった。
杏介もそれ以上語るつもりもなく、何事もなかったかのように和やかに空気が流れる。

「せんせー、おちゃもってきたー」

「海斗、こぼれてるこぼれてる!」

「あら海ちゃん、新年早々お着替え?」

「わー!海斗ー!」

急に慌ただしく大人たちが騒ぐ中、海斗はコントのようにお茶をこぼしまくり、全員の初笑いを持って行った。

紗良にとっても杏介にとっても、とても心穏やかなお正月だった。