紗良を誘うとき、海斗が喜ぶことなら紗良は必ず来てくれるだろうという自信があった。
紗良と海斗を天秤にかけるわけではないが、杏介の中では紗良に会いたいが為に誘っている気持ちも少なからずあって――。


『今度、家族三人で外食でもどうかしら?ほら、杏介くんステーキ好きなんでしょう?お父さんから聞いたわよ』

『杏介くんってお父さんに似て本が好きなのね。今度みんなで大型書店にでも行ってみない?』


新しい母から出掛けようと誘われたとき、嫌悪感がすごかった。
そうやっていい顔をして、結局は気に入られたいがためなんだろうと、そんな風に思っていたのだ。

それは杏介が思春期であったことも影響しているのだが、捻くれた考えは『拒否』という形で冷たく突き放すことになる。

(俺はいい顔をしている訳じゃないし、紗良さんに気に入られたいから海斗と仲良くしてるわけじゃない)

そう思うのだが、もしかしたらこの気持ちはあの時の新しい母も感じていたのだろうか。
杏介が大人になったから、――好きな人に子供がいるからわかった気持ちなのだろうか。

だとしたら、あの時の自分はなんて残酷なことをしたのだろう。

妙な罪悪感に苛まれるが、だからといってどうすることもできない。

杏介は深いため息と共に考えるのを放棄した。