杏介は帰りの車の中、今日の出来事を思い出していた。

ひとえに『今日は楽しかった』それに尽きる。

(紗良さんのいろいろな表情が見れたのは新鮮だったな)

思い出しては勝手に頬が緩む。

紗良は一児の母にして母ではなかった。
ずっとモヤモヤしていた彼女たちの関係性が紐解かれ、さらにその事情を知ることでますます紗良への興味がわくようだ。

(もっと紗良さんのことを知りたい)

そんな気持ちになっていることに、胸のざわめきで実感する。

海斗は両親がいなくて不憫だと思う反面、紗良とその母親に愛情たっぷりに育てられている。
いつだって楽しそうに笑う、その顔に陰なんて見られない。
それが何だか杏介には羨ましく感じる。

(四歳児を羨ましいと思うなんて、どうかしているな……)

予想外に石原家にお邪魔して、あたたかい家庭に触れたからそう思ってしまうのだろうか。
それとも、子どもの頃の自分と無意識に比較してしまうのだろうか。

モヤッとした感情が出てきそうになって、杏介は即座に頭を切り替える。
自分のことなど、どうだっていいのだ。

(それにしても、紗良さんは可愛かったな)

流れるプールで体を強張らせているのも、手を離さないでと必死になっているところも。
滑って転びそうになったときには咄嗟に手を出してしまったが、想像以上の華奢な体の感触はまだほんのりと思い出せるほど。

あの細い体で仕事をしながら海斗を育て、土日もバイトをしている紗良。
普段しっかりしているくせに、母親の前では子供みたいな態度であることに妙に安心した。

そして母との会話から、紗良が二十五歳だと知ることができた。
杏介より三歳年下だ。

(そういえば今日も夜はバイトなのかな?)

海斗がいるからと早めに帰って来た訳なのだが、プールで遊んだ後はきっと疲れているに違いない。
申し訳ない気持ちになりながらも、紗良への思いを馳せながら、杏介は帰宅するなりぐっすりと寝てしまった。

心地良い疲労感だった。