杏介が帰った後、紗良と母親は夕飯の準備を始めた。

紗良が、彼氏ではないにせよ男性と出かけ、なおかつ家にまで上げたことに母は楽しくて仕方がない。
先ほどから杏介の話題ばかりで紗良はヒヤヒヤと受け答えをする。別にやましいことは何もないというのに、なぜこんなにもどぎまぎするのか。

「優しい人だねぇ」

「……うん、すごく優しい」

「海ちゃんも懐いてるみたいだし、いいじゃない」

「……何がいいのよ」

「結婚相手に」

「だから、そんなんじゃないってば。何期待してるの、お母さんったら。彼氏じゃないから」

「あらそう?残念だわ」

そう言いつつも母は楽しそうに笑う。
本気なのか冗談なのか、その真意は図りかねるものの、胸のざわつきは抑えられそうにない。

今日一日の楽しかったことが次から次へ思い出され、脳裏に浮かぶのは杏介の柔らかな笑顔。
そして、男らしく逞しい体。
頼りになる行動。

殊更ここ二年間、プライベートで誰かに頼ったり甘えたりすることはなかったように思う。
もちろん母親に頼ることはあったけれど、そうではなくて、他人に何かを委ねるという感覚が新鮮で嬉しいと感じてしまう。

それが良いことなのか悪いことなのか、判断はつかないけれど。

(……それに、例え彼氏だったとしても、子持ちと結婚なんて考えられないでしょ)

ため息深く、紗良はひとりごちるのだった。