「このお便りはお家の人に渡してね。はい、海斗も。お母さんに渡すんだぞ」

受け取った海斗はじっと杏介を見ると無垢な眼差しで口を開く。

「かいと、おかあさんいない」

「うん?」

それは父親のことかと思ったが、そうではなかった。

「さらねえちゃんに、わたせばいいんでしょ?」

「え?誰だって?」

「さらねえちゃん」

「海斗にはお姉さんがいるの?」

「いるよ、さらねえちゃん」

と指差す先には観覧席に座ってこちらの様子を見ている紗良、――杏介の認識上、『海斗のお母さん』だ。
そういえば連絡先を交換したときに記憶した名前は「紗良」だったと思い出す。

(前にコンビニで会ったときも海斗は紗良姉ちゃんと呼んでいたな)

そのことを思い出し、さらに彼女たちの事情が気になるが、これ以上深く聞くわけにもいかない。

ガラス越しに海斗に指をさされた紗良は、杏介に向かって小さくお辞儀をした。
まわりにいる母親たちに比べてやはり紗良は幾分か若く見える。

(……母親なのか、姉なのか)

ますます杏介の頭は混乱した。